東京復活大聖堂の建築的価値を語る上で欠かせないのが、重層的な設計・復興のプロセスです。原設計を手がけたのは、ロシア工務大学教授のミハイル・シチュールポフ。そして、日本における実施設計と現場監理を担当したのが、鹿鳴館や旧岩崎邸などを手がけ「日本近代建築の父」と称されるジョサイア・コンドルでした。
創建当初の聖堂は、純麗なロシア・ビザンティン様式で、煉瓦造の重厚な壁体に高くそびえる鐘楼、そして優美な中央ドームを冠していました。しかし、1923年(大正12年)の関東大震災によって鐘楼が倒壊し、中央ドームを直撃して堂内が炎上。煉瓦の躯体を残して壊滅的な打撃を受けました。
この大聖堂を現在の姿へと蘇らせたのが、日本の建築界を代表する名匠・岡田信一郎です。岡田は1927年から1929年にかけて復興工事を指揮し、耐震性を考慮して鐘楼の高さを抑え、中央ドームの構造を補強する再設計を行いました。創建時の優雅な装飾美を残しながらも、低重心で力強い安定感を持つ現在のプロポーションは、コンドルのクラシックな骨格と岡田の卓越した構造美学が融合した結実です。その歴史的・芸術的価値が認められ、1962年には国指定重要文化財に指定されました。