原宿コープオリンピアはなぜ建て替え難航?歴代有名人と現在の真相を徹底解説

原宿コープオリンピアはなぜ建て替え難航?歴代有名人と現在の真相を徹底解説

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原宿コープオリンピアが誕生したのは、高度経済成長期の熱気冷めやらぬ1965年3月のことでした。前年に開催された東京オリンピックの外国人観光客や関係者を受け入れる高級ホテルを想起させる設計思想のもと、東京建屋興業(のちの秀和レジデンス創業者らも関与)が分譲を手がけ、施工は名門・竹中工務店が担当しました。当時としては極めて前衛的な鉄骨鉄筋コンクリート造(SRC造)地下1階・地上8階建て、総戸数は約160戸から細分化を経て現在は約200戸規模で構成されています。

当時の大卒初任給が2万円前後だった時代に、最高価格住戸は1億円を突破。この破格のプライシングこそが「億ション」という流行語を生み出す契機となりました。建物内には単なる住居の枠を超え、フロントコンシェルジュサービス、24時間管理体制、高級中華料理店「南国酒家」本店、屋上プール、全館セントラル空調といった、当時の欧米最高級アパートメントに匹敵するインフラが完備されていたのです。

2026年現在の視点から見ても、雁行配置された特徴的なバルコニーや彫刻のような外観デザインは、表参道のケヤキ並木と見事な調和を見せています。しかし、半世紀以上の歳月は確実に建物の躯体と設備に蓄積しており、昭和の贅を尽くした建築美の裏で、設備の老朽化と現代の耐震基準への適合という重い現実が突きつけられています。

高橋 健太
著者

高橋 健太

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。