一般的な仏教の宗派において、故人が亡くなってから初めて迎える初盆(新盆)は、霊が迷わずに自宅へ戻ってこられるよう玄関先に紋のない「白提灯」を吊るし、迎え火や送り火を焚くのが通例とされている。しかし、浄土真宗本願寺派や真宗大谷派をはじめとする浄土真宗の門徒において、白提灯の準備は一切必要ない。この明確な違いに戸惑う遺族は少なくないが、そこには宗祖・親鸞が説いた教えの根幹が深く関わっている。
浄土真宗では「往生即成仏(おうじょうそくじょうぶつ)」の教義に基づき、故人は息を引き取ると同時に阿弥陀如来の導きによって極楽浄土へ往生し、仏になると説く。したがって、霊が特定の時期にあの世からこの世へ帰ってくるという概念そのものが存在しない。夏の盂蘭盆会(うらぼんえ)は、故人の霊をもてなす行事ではなく、仏となった故人を縁として生きている私たちが阿弥陀如来の慈悲に感謝し、教えを聞かせていただく「歓喜会(かんぎえ)」としての意味を持つ。中世に教団の基盤を築いた蓮如の時代から、この本質は揺らぐことなく受け継がれてきた。
家族だけで法要を執り行う際、近所の手前や他宗派の親族からの指摘を気にして白提灯を用意すべきか悩む声も聞かれるが、教義に照らし合わせれば飾らないことこそが正しい作法である。精霊棚(盆棚)を特設してキュウリの馬やナスの牛を飾る必要もなく、いつものお仏壇を綺麗に清め、打敷を整えて季節の生花を供えるだけで十分に法要の場として成立する。