藤原喜明の代名詞といえば、プロレスファン誰もが知る「組長」という愛称です。このインパクト抜群の呼び名が定着した背景には、彼の風貌や歩んできたキャリアが深く関係しています。
1980年代、藤原は新日本プロレスで「テロリスト」として覚醒しました。1984年の札幌中島体育センター大会で、入場中の長州力を突如襲撃した「雪の札幌事件」は、日本全国のファンに強烈なトラウマと熱狂を植え付けました。スキンヘッドに鋭い眼光、凄みのある佇まいは、本物の極道を彷彿とさせる圧倒的な存在感を放っていました。
その後、第2次UWFの解散を経て、1991年に自らの団体「プロフェッショナルレスリング藤原組」を設立。鈴木みのるや船木誠勝をはじめとする若手実力派レスラーたちを率いる親分肌のキャラクターから、ファンやマスコミの間で自然と「組長」と呼ばれるようになりました。コワモテでありながらどこかユーモラスで情に厚いその人柄が、この唯一無二のニックネームを不朽のものにしています。