沖漬けという名称の由来は、かつて漁師が沖合の船上で、獲れたての生きたイカをそのまま醤油や酒を合わせたタレに放り込み、イカに調味料を自ら飲み込ませて味を染み込ませたことにあります。しかし、ホタルイカにおいてこの伝統的な調理法をそのまま踏襲することは、極めて重大な健康被害を招く引き金となります。
問題となるのは、ホタルイカの内臓に高確率で寄生している旋尾線虫(せんびせんちゅう)の幼虫です。体長約10ミリ前後、太さ約0.1ミリの目に見えにくい線虫であり、生きたまま人体に侵入すると胃や腸の粘膜を突き破り、激痛を伴う「急性腹症」や「腸閉塞」、さらには皮膚の下を這い回る「皮膚爬行症(ひふはこうしょう)」を引き起こします。日本消化器内視鏡学会等の症例報告によれば、感染者の多くが生食後数時間から数日以内に激しい上腹部痛に襲われ、内視鏡による虫体の摘出を余儀なくされています。
ネット上や釣り人の間では長年、「濃い醤油に漬ければ塩分で寄生虫は死ぬ」「高濃度の日本酒に漬け込めばアルコール殺菌できる」といった言説がまことしやかに囁かれてきました。しかし、厚生労働省が公表している研究データによれば、旋尾線虫は高濃度の食塩水や醤油、一般的なアルコール度数の清酒の中でも数日間にわたり生存することが確認されています。調味液に生きたまま漬けた程度では、寄生虫にとっては何の抑止力にもならず、ワタと一緒に生きた幼虫を丸呑みしているのと何ら変わりません。