手紙の冒頭に記す「頭語」と、文末を結ぶ「結語」は、一対の対話として機能しています。ドアをノックして「こんにちは」と挨拶し、退出時に「さようなら」と一礼するのと同様の構造です。その中でも「拝啓」と「謹啓」には、漢字の原義に基づく決定的な差異が刻まれています。
「拝啓」という言葉を分解すると、「拝(おじぎをして、へりくだる)」と「啓(申し上げる)」から成り立っています。すなわち「へりくだって申し上げます」という意味を持ち、一般的なビジネスレターや知人への手紙において広く使われる標準的な表現です。対する結語の「敬具」は「敬意をもって申し上げ終わります」を意味し、拝啓と敬具のペアは社会的な標準フォーマットとして定着しています。
一方、「謹啓」は「謹(かしこまる、慎む)」と「啓(申し上げる)」で構成され、「謹んで申し上げます」という極めて強い謙譲と崇高な敬意を表します。「拝啓」より丁寧な表現を求める場合、最上位に位置付けられるのがこの「謹啓」です。日常的な業務連絡や一般的な案内状ではまず用いられず、社運を賭けた新規取引の打診、役員就任の挨拶、重大なトラブルに対する深謝の場など、格式を重んじる限られた局面でのみその威力を発揮します。