ファンの間で今なお語り草となっているのが、通称「さくはる」と呼ばれた2人の間にくすぶり続けた不仲説です。発端は2012年以降、グループの立ち上げ期に遡ります。
初代センターに指名され、HKT48を牽引する重責を課されたのは兒玉遥でした。しかし、AKB48のシングル選抜や握手会人気、そしてシングル表題曲のセンターポジションを巡り、運営側は宮脇咲良を前に押し出す采配を始めます。2014年発売のHKT48の4thシングル『控えめI love you !』での兒玉のセンター復帰、そして2015年の名曲『12秒』での宮脇・兒玉のWセンター体制はグループの黄金期を象徴する出来事でしたが、その水面下では激しい心理戦が展開されていました。
決定打となったのは、2016年の「AKB48選抜総選挙」前後におけるファンダムの分断です。音楽番組の生放送中、ポジション移動の際に体が接触したシーンがネット上に切り抜かれ、「意図的に押し出したのではないか」といった悪意ある憶測がSNSを中心に爆発的に拡散されました。
当時の舞台裏を知る制作関係者は、現場の空気感を次のように振り返っています。
「10代半ばの少女たちが、1票単位の順位や立ち位置の数センチのズレで価値を測られる極限状態に置かれていました。口を利かない時期があったのは事実ですが、それは相手が嫌いだからではなく、自分自身の不甲斐なさや重圧に押し潰され、他者を受け入れる心の余裕が奪われていたからです」
つまり、不仲説の正体はパーソナリティの不一致ではなく、大人たちが設計した過酷な競争システムが生み落とした「防衛反応」に他なりませんでした。