田岡一雄狙撃「ベラミ事件」の鳴海清とは?六甲山の遺体と昭和裏面史

田岡一雄狙撃「ベラミ事件」の鳴海清とは?六甲山の遺体と昭和裏面史

田岡一雄狙撃「ベラミ事件」の鳴海清とは?六甲山の遺体と昭和裏面史についての真相をご紹介します。

Q1:鳴海清はなぜ田岡一雄組長を狙撃できたのですか?
A1:当時、田岡組長は京都の高級クラブ「ベラミ」の常連であり、来店パターンが一部で把握されていました。また、当時は現代ほど暴力団トップに対する身辺警護が厳格ではなく、鳴海が身なりを整えて一般客を装って店内に侵入したため、至近距離からの発砲を許してしまいました。

Q2:鳴海清の遺体発見時、なぜ指紋や歯型が必要だったのですか?
A2:1978年9月に六甲山で発見された遺体は、死後数週間が経過しており、夏の暑さや野生動物による損壊、過酷な暴行によって顔判別が不可能なほど腐敗・白骨化が進んでいたためです。警察は当時の最新法医学を駆使して身元を特定しました。

Q3:鳴海清を殺害した犯人たちはその後どうなりましたか?
A3:警察の執念の捜査により、鳴海を匿っていた松田組系の幹部・組員らが逮捕されました。彼らは潜伏先で鳴海が覚醒剤で錯乱し、警察への自首や組織の暴露を口にしたことから口封じのために絞殺したことを認め、殺人や死体遺棄の罪で実刑判決を受けています。

中島 亮太
著者

中島 亮太

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