スポットライトを浴び続けた華やかな表舞台の裏側で、須田さんの私生活には次第に暗い影が差し始めます。彼女はボウリング関係者との結婚を経験しましたが、後に離婚。夫との私生活のすれ違いやプライベートの葛藤を抱えながら、プロとしての活動を続けていました。
最大の転機となったのは、1970年代半ば以降の急速なブームの終焉です。全国のボウリング場が次々と閉鎖に追い込まれる中、須田さんは自身の知名度を活かしてボウリング関連事業やプロショップの経営、後進の育成に尽力しました。しかし、レジャーの多様化に伴う市場縮小の波は凄まじく、事業運営は困難を極めました。
晩年には事業の赤字補填や知人の債務保証などに伴う多額の金銭トラブルを抱えていたと報じられています。さらに更年期障害や持病による体調の悪化も重なり、責任感の強かった須田さんは周囲に弱音を吐くこともできず、精神的に追い詰められていきました。