春花園の魂とも言える創設者・小林國雄氏の経歴は、既存の職人像を覆す異色の軌跡に満ちています。1948年に江戸川区の花卉(かき)農家に生まれた小林氏は、28歳のときに上野の銘風盆栽展で目にした一本のトショウ(杜松)に激しい衝撃を受け、盆栽の道を志しました。世襲や幼少期からの修行が当たり前だった職人の世界において、20代後半からのスタートは圧倒的な遅咲きでした。
師匠を持たず独学に近い形で樹と向き合い、幾度もの失敗と樹を枯らした絶望を糧に技術を磨き上げた小林氏は、盆栽界の最高峰とされる「日本作風展」において内閣総理大臣賞を4度受賞するという前人未到の快挙を成し遂げました。自著や特番インタビューにおいて、氏は「盆栽は自然が作った美を、人間が預かって命を繋ぐもの。私はただの黒子に過ぎない」と語り、自身の技術を誇示することなく樹の生命力に敬意を払い続けています。
現在70代後半を迎えた小林國雄氏ですが、その創作意欲と活動力は衰えを知りません。毎朝早朝から庭園に出て樹の手入れを行い、訪れた来館者と気さくに言葉を交わす姿が日常的に見られます。自らの技術を囲い込むことなく、世界に向けて発信し続けるオープンな姿勢こそが、氏が「世界のKOBAYASHI」として尊敬を集める最大の要因です。