全国水平社はなぜ生まれたか?西光万吉の闘いと宣言が刻む全真相

全国水平社はなぜ生まれたか?西光万吉の闘いと宣言が刻む全真相

全国水平社はなぜ生まれたか?西光万吉の闘いと宣言が刻む全真相とはどのようなものなのか? 背景や要点を簡潔に解説します。

創立以降、全国水平社は差別的な言論や態度をとった個人・団体に対して厳しい反省を迫る「徹底的糾弾」を展開しました。1923年の奈良県における「水野特務曹長差別事件」など、軍隊や警察、行政に対しても妥協なく抗議を行った記録が残っています。この徹底糾弾は差別抑止に絶大な効果をもたらした反面、社会的な摩擦や反発を招く側面も持ち合わせていました。

1920年代後半から1930年代に入ると、組織内部で激しい路線の対立が勃発します。マルクス主義の影響を受けて階級闘争としての革命を志向する無産政党派と、部落固有の誇りや民族的団結を重視する日本主義派の間で分裂が生じました。さらに、治安維持法による国家権力の容赦ない弾圧が指導者たちを追い詰めていきます。

そして日中戦争から太平洋戦争へと突き進むなか、国家総動員体制の波が水平社を飲み込みます。1942年(昭和17年)、大政翼賛体制への合流を迫られるなかで事実上の休眠状態となり、創立からちょうど20年の節目に全国水平社 解散 経緯を迎えることとなりました。西光万吉をはじめとする指導者たちも、軍国主義の嵐のなかで転向や沈黙を余儀なくされる過酷な時代を生き抜くことになったのです。

山本 拓海
著者

山本 拓海

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。