老衰の最終段階において、飼い主がもっとも動揺しやすいのが呼吸の変化です。息を引き取る数時間前から、呼吸のリズムは規則的なものから著しく乱れた状態へと移行していきます。
具体的には、浅く速い呼吸が続いた後に数十秒間の無呼吸状態が訪れる「チェーン・ストークス様呼吸」や、息を引き取る直前に見られる「下顎呼吸(あごで空気をすくい上げるような動作)」が典型的な例です。一見すると激しく息を吸い込もうとして苦しんでいるように映りますが、これは大脳の機能が完全に停止したのち、延髄に残る呼吸中枢が引き起こす無意識の神経反射運動に過ぎません。
この段階に入ると、愛犬は深い昏睡状態にあり、痛みや息苦しさを知覚する高次脳機能はすでに眠りについています。獣医学研究においても、終末期の意識混濁は脳内血流の低下と二酸化炭素の蓄積によって引き起こされ、一種の麻酔がかかったような穏やかな状態を作り出すことが判明しています。
さらに、心拍停止が近づくと瞳孔が散大し、呼びかけに対する眼球の反応や瞬目反射が消失します。括約筋の弛緩によって尿や便が体外に漏れ出すことも珍しくありません。これらは生命活動を終えようとする肉体の自然な臨終のサインであり、異常事態や苦痛の激化ではないことを理解しておく必要があります。