旧統一教会の存在が日本社会で決定的な認知を得た契機は、1992年8月25日にソウル・オリンピックスタジアムで開催された約3万組規模の合同結婚式(国際合同祝福結婚式)でした。その中心にいたのが、トップアイドルとして一世を風靡した桜田淳子氏と、新体操の第一人者として国民的人気を得ていた山崎浩子氏です。
当時、トップスターが教祖・文鮮明氏によって配偶者を決められるという事実は、ワイドショーや週刊誌で連日トップニュースとして報道されました。あれから年月が経過した現在、彼女たちの状況はどう変化しているのでしょうか。
桜田淳子氏の現在と信仰へのスタンス
合同結婚式以降、芸能活動の事実上の休止を余儀なくされた桜田淳子氏。彼女は1992年の記者会見で「神様のお引き合わせを信じています」と晴れやかな表情で語り、大きな波紋を呼びました。その後、家庭生活を送りながら地方での信者向けイベント等での賛美歌歌唱などが報じられてきましたが、2010年代に入り単発の音楽イベントやファンミーティングでステージに登壇する機会がありました。
しかし、本格的な地上波復帰や商業ベースでの芸能活動再開には至っていません。関係者の証言によると、2026年現在も教団への信仰そのものを公式に否定・脱会したという発表はなく、プライベートを最優先にした静かな生活を続けていると伝えられています。世間の批判的な視線と、かつての大スターとしての才能の間で、今なお複雑な評価が下され続けています。
山崎浩子氏が語った脱退理由と46日間の救出劇
桜田氏と対照的な道を歩んだのが山崎浩子氏です。合同結婚式に参加した直後、家族や元信者、牧師らによる懸命の説得を受け、約46日間に及ぶ対話の末に1993年に教団からの脱会を正式発表しました。
後に上梓された自著手記『愛すること信じること』では、自身が知らず知らずのうちに教理に誘導され、思考停止状態に陥っていた心理プロセスが生々しく告白されています。「純粋に世界平和や人の幸福を願う気持ち」が、いかに組織の論理にすり替えられていたかを客観的に見つめ直した彼女の証言は、カルト問題におけるマインドコントロール解除の貴重なモデルケースとして今なお社会学・心理学の現場で引用されています。脱会後、彼女は新体操指導者としてのキャリアに復帰し、オリンピック強化本部長を務めるなど、自らの力で社会的信頼を完全に回復しました。