亡くなった笑点メンバーの歴代死因一覧|知られざる闘病と旅立ち

亡くなった笑点メンバーの歴代死因一覧|知られざる闘病と旅立ち

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『笑点』の歴史において、最も視聴者の胸を締め付け、同時に感動を呼んだのが、桂歌丸と六代目三遊亭円楽(前名・楽太郎)の二人三脚でした。

桂歌丸 逝去 経緯を辿ると、その晩年は文字通り「命を削って落語を語る」日々の連続でした。長年の愛煙家であった歌丸は、重度の慢性閉塞性肺疾患(COPD)を患い、肺気腫や肺炎で入退院を繰り返します。体重は一時三十数キロまで激減し、背骨の圧迫骨折など満身創痍の状態でした。

それでも歌丸は決して噺家としての歩みを止めませんでした。2016年5月に笑点の司会を勇退した後も、鼻にチューブを通し、舞台裏に酸素吸入器を常備しながら車椅子で高座に上がり続けました。関係者の証言によると、「落語をやめたら死んだも同然だ」「客席の前で死ねたら本望」と語り、出囃子が鳴ると背筋をピンと伸ばして釈台へと向かったといいます。2018年7月2日、横浜市内の病院で息を引き取った際、病室には落語の速記本が置かれていたと報じられています。

その歌丸の旅立ちからわずか4年後、盟友であった六代目三遊亭円楽 死亡理由が報じられた際、演芸界には再び深い悲しみが広がりました。円楽は2018年に初期の肺がんを手術したのを皮切りに、2019年に脳腫瘍、2022年1月には脳梗塞で緊急搬送されるなど、度重なる病魔に襲われました。

過酷なリハビリを重ね、左半身に麻痺が残りながらも、2022年8月には国立演芸場の高座に復帰を果たしました。その席で、絞り出すような声で涙を流しながら語った「みっともなくてもいいから、死ぬまで落語をやりたい」という言葉は、多くのファンの涙を誘いました。しかし、同年9月下旬に肺がんの再発により容体が急変。72歳での早すぎる旅立ちとなりました。

大喜利の舞台では「ジジイ、早く逝け」「お前を道連れにしてやる」と罵倒し合っていた二人ですが、楽屋では誰よりも互いの健康を気遣い合っていたことは、共演者全員が口を揃える事実です。歌丸が亡くなった直後の追悼特番で、円楽が絞り出した「最後に言わせてくれ、じじい、早すぎるんだよ!」という絶叫は、演芸史に残る名場面として人々の記憶に刻まれています。

山崎 陸
著者

山崎 陸

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