両親の離婚にともない、胎児の段階で「小泉家」という巨大な家系から切り離された歴史が、彼の原点だ。母方の姓を名乗り、神奈川県鎌倉市で育った宮本佳長は、政治的な狂騒とは完全に隔離された環境で成長した。
中学卒業後は単身でアメリカへ留学。帰国後は慶應義塾大学へと進学した。血筋の重圧を感じさせない真面目で穏やかな人柄は、当時を知る友人たちの間でも評判だったという。自分が政界の重鎮の息子であることを殊更に誇ることもなく、一人の学生として学業に励む日々を送っていた。
生い立ちの複雑さは、彼の自立心を早期に養う結果となった。偉大な父の影に依存せず、自らの力で未来を切り拓く精神性は、この多感な学生時代に強固に形成された。