大竹しのぶの再婚報道の真相は?歴代夫の歴史とさんまとの今

大竹しのぶの再婚報道の真相は?歴代夫の歴史とさんまとの今

大竹しのぶの再婚報道の真相は?歴代夫の歴史とさんまとの今に関する疑問を詳しくまとめました。最新データをご覧ください。

大竹しのぶの結婚歴は通算で2回です。ネット上では恋多き経歴から「3回以上結婚しているのでは」と誤解されるケースもありますが、正式に入籍したのは2人の男性のみです。それぞれの夫との別れと歩みには、彼女の人間性を形作る深いドラマが存在します。

1人目の夫:TBSディレクター・服部清治氏との出会いと死別

1982年、大竹しのぶは当時TBSの敏腕ディレクターだった服部清治氏と結婚しました。ドラマの現場で出会い、服部氏が前妻と離婚した後に結ばれた経緯から、当時は「略奪愛」としてメディアにセンセーショナルに書き立てられたこともありました。

1985年には長男の二千翔さんが誕生し、公私ともに順風満帆に見えましたが、過酷な運命が二人を襲います。服部氏に末期のがんが発覚し、懸命な看病も虚しく1987年にわずか40代の若さで他界しました。最愛の夫との死別という耐え難い悲痛を経験した大竹しのぶは、幼い息子を抱えながら女優として気丈に舞台に立ち続けました。この服部氏の闘病中、親身になって大竹母子を支え、励まし続けたのが、当時ドラマ『男女7人夏物語』で共演していた明石家さんまでした。

2人目の夫:明石家さんまとの電撃婚と4年間の結婚生活

服部氏の死別から約1年後の1988年、日本中を驚かせる電撃結婚が発表されます。相手はお笑い界のトップスター、明石家さんまでした。二人の出会いは1986年の国民的大ヒットドラマ『男女7人夏物語』、そして続編の『男女7人秋物語』での共演です。さんまは服部氏の遺児である二千翔さんを「ボス」と呼んで実の子と分け隔てなく愛し、1989年には長女となるIMALUが誕生しました。

しかし、エンターテインメントの頂点に君臨し家庭でも笑いを絶やさないことを重んじる夫と、憑依型女優として役柄に深く沈潜する妻との間には、生活リズムや価値観のズレが生じるようになります。互いの才能と生き方を尊重し合った結果、結婚生活は4年で幕を閉じ、1992年に離婚が成立しました。離婚会見において、さんまが額に「×」マークを書いて登場したシーンは、平成芸能史に残る名場面として語り継がれています。

中村 さくら
著者

中村 さくら

エンタメ・カルチャー業界の深掘り取材を得意とし、現場のリアルな声をお伝えします。