司法の場における結末もまた、遺族や社会に重い課題を残しました。日野小学校事件では、指名手配された被疑者の男が翌年2000年2月に捜査の手が迫る中で飛び降り自殺を遂げたため、刑事裁判によって法廷で直接罪を問うことは叶いませんでした。真相の完全な解明が閉ざされたことは、遺族にとっても癒えない痛恨の極みとなりました。
これに対し、宇治小学校事件では迅速に身柄が確保され、裁判では犯行当時の精神状態や刑事責任能力が激しく争われました。最終的に京都地裁は犯人の完全責任能力を認め、懲役15年の実刑判決を下しました。身勝手な動機に基づく凶悪な校内犯罪に対して厳罰が下されたものの、被害を受けた子どもたちや家族が受けた精神的トラウマは、判決後も決して消えることはありません。