1999年9月、ハワイ沖のクルーズ客船で華々しく発表された「嵐」の結成会見。ここで相葉雅紀が見せたビジュアルは、Jr.時代の可憐な美少年像から一変し、当時のストリートカルチャーを色濃く反映した「茶髪ロン毛のヤンチャ系スタイル」でした。
1990年代後半から2000年代初頭にかけての日本のユースカルチャーは、ヴィジュアル系ロックや渋谷・原宿のストリートファッションが百花繚乱の時代を迎えていました。デビューシングル『A・RA・SHI』(1999年11月3日発売)で披露した、外ハネを効かせた明るいトーンのロングヘアとスケルトンの衣装は、強烈なインパクトを残しました。当時の雑誌グラビアやポスターの昔の画像を振り返ると、切れ長の鋭い目つきと尖ったファッションセンスが際立っており、現在の穏やかな佇まいとのギャップに驚くファンが後を絶ちません。
さらにデビューにまつわる最大のドラマが、語り草となっている「パスポート事件」です。会見のわずか3日前、故・ジャニー喜多川氏から突然電話を受け、「YOU、パスポート持ってる?」と尋ねられた相葉。「持ってます」と答えたことでハワイ行きの飛行機に乗り、嵐の5人目のメンバーとして急遽メンバー入りを果たしました。後に本人が明かしたところによると、当時激しい腹痛(急性虫垂炎)を我慢してレッスンに参加したことが「根性がある」と評価された裏話もあり、まさに天性の運とガッツが手繰り寄せた奇跡のデビューでした。