物語の構造は、仙台から出発し、岩手、富山、滋賀、島根を経て九州へと南下する壮大なロードノベルの形式を取っている。主人公であるシェパード系の雑種犬「多聞」は、各地で異なる事情を抱えた人々と巡り会う。生活のために犯罪に手を染める外国人窃盗団の男、心を閉ざした風俗嬢、死に場所を探す猟師——。
多聞は決して人間に媚びない。人間の言葉を話すわけでも、都合の良い奇跡を起こすわけでもない。ただ、悲しみを湛えた人間の傍らに寄り添い、じっとその瞳を見つめる。その寡黙な存在そのものが、崖っぷちに立つ人々の生き直す契機となっていく。過酷な現実を突きつけながらも、人間存在の尊厳をすくい上げる珠玉のヒューマンドラマがここにある。