東大全共闘の代表・リーダーを務めたのが、当時理学部物理学科大学院生だった山本義隆(やまもと よしたか)氏です。
山本氏は京都大学理学部から東大大学院へ進み、ノーベル賞物理学者・湯川秀樹氏からも将来を嘱望された天才肌の理論物理学者でした。秀才でありながら清廉な人柄で信望を集め、全共闘のシンボルとして運動を牽引しました。1969年1月の安田講堂攻防戦の前夜に地下へ潜伏し、同年9月の日比谷野外音楽堂での全国デモ集会に突如姿を現して逮捕されました。
保釈後、山本氏が選んだ進路は特異なものでした。多くの元活動家が大学アカデミズムへ復帰したり一般企業へ就職したりする中、山本氏は体制内エリートへの復帰を潔しとせず、駿台予備学校の物理科講師として教壇に立ち続けました。本質を突いた厳密かつ明快な講義は多くの受験生を魅了し、伝説的名物講師として知られるようになります。
さらに山本氏は、在野の科学史家として驚異的な研究成果を発表し続けました。2003年に上梓した大著『磁力と重力の発見』(全3巻)は、毎日出版文化賞や大佛次郎賞、サントリー学芸賞を受賞し、日本の学界に衝撃を与えました。2026年現在に至るまで、福島第一原発事故を科学技術史の観点から総括した著作などを執筆し、一貫して権力から距離を置く「在野の知識人」としての矜持を貫いています。
一方、いわゆる「全共闘世代(団塊の世代)」の多くは、安田講堂事件後に運動の熱が冷めると、高度経済成長期の日本企業へと就職していきました。「昨日の革命戦士が、今日の企業戦士になった」と揶揄されることも少なくありませんでしたが、彼らが持ち込んだ批判的精神や既成概念を打破するエネルギーは、1970年代から80年代にかけての日本の産業、メディア、カルチャーの爆発的成長を牽引する原動力にもなったという二面性を持っています。