1980年代、日本のアイドルは「事務所に作られた操り人形」としての側面が強かった。しかし、小泉今日子は違った。ショートカットへの突然のイメチェン、自己プロデュースの徹底など、彼女は常に自らの意志でキャリアをコントロールしてきた。その文脈において、この人拓という表現は極めてパンクな行為だったと言える。
自分の身体を自らの意思でアートとして差し出すこと。これは、男性優位だった当時の芸能界に対する、静かなる、しかし決定的な反逆だったのではないか。ジェンダー論やフェミニズムの観点からも、この作品は「女性による肉体の奪還」として再解釈されており、若い世代のクリエイターたちに多大なインスピレーションを与えている。