神戸に生まれ、音楽への深い造詣を持ちながら映画界へと飛び込んだ彼は、1950年代に一躍トップスターの仲間入りを果たした。当時の日本映画界において、身長180センチを超える抜群のスタイルとジャズピアノで培われたリズム感、そして英語を巧みに操る都会的なセンスは極めて異彩を放っていた。
甘いマスクのハンサムガイとしてデビューしながらも、彼は単なる二枚目役に満足しなかった。コメディからシリアスな人間ドラマまで幅広くこなす演技の引き出しの多さは、当時のプロデューサーや監督たちを驚かせた。気品と親しみやすさが同居する不思議な魅力。それこそが、昭和という多面的な時代の中で彼がトップであり続けられた最大の理由である。