SHOW-YAの名を日本中に轟かせた最大の起爆剤となったのが、1989年にリリースされた8作目のシングル「限界LOVERS」です。昭和シェルのCMソングとして起用されたこの曲は、哀愁を帯びた疾走感あふれるメロディと、サビで炸裂する寺田恵子の超絶ハイトーンボイスがシンクロし、30万枚を超える大ヒットを記録しました。
同年に発表された「私は嵐」とともにバンドは名実ともに頂点を極め、日本武道館公演を成功させるなど、ガールズバンド史における不滅の金字塔を打ち立てます。激しいヘッドバンギングを交えながらも一切ブレない寺田のボーカルパフォーマンスは、名実ともにシーンの頂点に立つ存在でした。
さらに寺田恵子の功績として語り継がれているのが、1987年に自ら企画・プロデュースを立ち上げた野外ロックフェス『NAONのYAON』(日比谷野外大音楽堂)です。当時は女性アーティストだけでフェスを開催すること自体が無謀と言われた時代でしたが、彼女の呼びかけによりプリンセス プリンセスをはじめとする数多くの女性ミュージシャンが集結。ジャンルの垣根を越えた一大ムーブメントへと発展し、現在に至るまで女性ロッカーたちの聖地として受け継がれています。