Q1:なぜ平城京の「左京」は東側で、「右京」は西側なのですか?
A1:天皇が宮殿から南を向いて座る古代中国の思想(南面思想)に基づいているためです。天皇から見て左側が東(左京)、右側が西(右京)となるため、北を上にして地図を見た場合は左右が逆に位置することになります。
Q2:平城京と平安京の「碁盤の目」に構造的な違いはありますか?
A2:平城京は東大寺や興福寺を包含するために東側に「外京」が飛び出した非対称な形状ですが、平安京は完全な南北長方形として設計されました。また、平安京は仏教勢力の政治介入を防ぐため、京内への寺院建立を原則禁止した点も大きな違いです。
Q3:平城京の「碁盤の目」の跡は、現在の奈良市内でも見ることができますか?
A3:はい、現在も随所に見ることができます。平城宮跡周辺や大和郡山市にかけての道路網、水路の配置、さらには「三条」「四条」といった地名に古代の条坊制の名残がはっきりと残されています。