関東最大の暴力団組織「山王会」において、池元組は本家直参(二次団体)のポジションに位置していました。山王会会長の関内(北村総一朗)や若頭の加藤(三浦友和)から見れば、池元組は巨大なピラミッドを構成する直系組織の一つに過ぎませんでしたが、池元組長自身は本家での出世とシマ(縄張り)の拡大に強い執着を抱いていました。
池元組の最大の特徴は、自らの傘下に武闘派の三次団体である大友組(組長・大友/ビートたけし)を従えていた点です。池元組長は自らの手を汚すことなく、厄介な暴力沙汰や汚れ仕事をすべて大友組に押し付ける構造を作り上げていました。この主従関係の歪みと、山王会トップによる巧妙な分断工作が重なり、池元組は破滅的な抗争の引き金となっていきます。