兵庫・能福寺の歴史と兵庫大仏の真実!平清盛廟から御朱印・見どころまで徹底解剖

兵庫・能福寺の歴史と兵庫大仏の真実!平清盛廟から御朱印・見どころまで徹底解剖

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能福寺の歴史は平安時代初期、延暦24年(805年)にまで遡ります。唐から帰国した伝教大師・最澄が兵庫の和田岬に上陸した際、自ら彫った薬師如来像を安置し、「能福護国密寺」として創建したのが始まりと伝えられています。これは日本における天台宗最初の教化霊場の一つと位置づけられる極めて由緒ある出自です。

この古刹を一躍歴史の表舞台に押し上げたのが、平安末期の英傑・平清盛でした。治承4年(1180年)、清盛は京都から福原(現在の神戸市兵庫区周辺)への遷都を強行し、大輪田泊(現在の神戸港の原点)を整備して日宋貿易を推進しました。清盛はこの地で出家し、法名「浄海」を名乗るなど能福寺と極めて深い精神的結びつきを持っていました。

境内の一角に静かに佇む「平相国廟(へいしょうこくびょう)」は、1181年に熱病で世を去った清盛の遺骨を、遺言に従ってこの地に葬ったとされる供養塔です。治承・寿永の乱(源平合戦)の兵火で寺院とともに一度は荒廃したものの、弘安9年(1286年)に北条貞時が石造十三重塔を建立して供養したと記録されています。現在の廟は昭和期に再整備されたものですが、中世の栄枯盛衰を肌で感じられる重要な歴史遺構です。

橋本 菜々子
著者

橋本 菜々子

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。