映画音楽の歴史的傑作である『パート・オブ・ユア・ワールド』ですが、完成直前のテスト試写において、当時のディズニー重役ジェフリー・カッツェンバーグから「子どもがポップコーンをこぼして飽きている。この曲は映画から全編カットしろ」という信じがたい命令が下されていました。
当時、アニメーション映画でバラードを歌うことは観客の集中力を切らすと考えられていたためです。しかし、共同監督のジョン・マスカーとロン・クレメンツ、そして作詞家のハワード・アシュマンは「この曲がなければアリエルという少女の動機が完全に失われ、映画が成立しない」と猛反発。命がけで直談判し、カットを阻止したという壮絶な舞台裏が存在します。
アシュマン自身、当時エイズの闘病中であり、死期を悟りながら「ここではないどこかへ行きたい」「ありのままの自分を受け入れてもらえる世界に行きたい」という魂の叫びを歌詞に託していました。英語の原詞と日本語の訳詞を比較すると、言葉選びに込められた切実なニュアンスが浮き彫りになります。
たとえば、原詞の冒頭にある「Look at this stuff, isn't it neat?」という問いかけは、単なるコレクションの自慢ではありません。外界から遮断された秘密の洞窟で、誰にも理解されない孤独な宝物を愛でるアリエルの切なさを表しています。
また、日本語版で「歩いて、走って、日の光浴びながら」とリズミカルに表現される部分は、英語では「What's a fire and why does it - what's the word? Burn?」と、炎の熱さを知らない人魚が「燃える」という言葉すら手探りで探す知的好奇心と無垢さが描かれています。単なる恋愛感情ではなく、知的好奇心と自立への渇望がメロディの骨格を支えています。