世界一の体操選手を育て上げた周子さんですが、その親子関係は決して平坦な道のりばかりではありませんでした。むしろ、激しい衝突と深い葛藤を乗り越えた末に現在の良好な関係が築かれています。
航平さんが高校進学を機に長崎を離れて上京した際、周子さんは寂しさと心配のあまり、頻繁に連絡を入れたり上京して世話を焼こうとしました。しかし、自立を急ぐ多感な年頃の息子から「もう応援に来ないでくれ」「連絡してこないでほしい」と強烈な拒絶を突きつけられる事態に直面します。
溺愛していた息子からの痛烈な言葉に、周子さんは激しいショックを受け、涙に暮れたといいます。しかしそこで立ち止まるのではなく、「息子の人生は息子のもの。信じて見守ることが本当の親の役目」と覚悟を決め、勇気を持って距離を置く「子離れ」を決断しました。
親の過干渉から解放された航平さんは、自らの足で立ち、ロンドン五輪で頂点を極めます。金メダルを獲得した際、航平さんが客席の母へ花束を投げ入れたシーンは、お互いが一人の大人として認め合い、真の信頼関係を取り戻した歴史的瞬間でした。