なぜ人間はこれほどまでに不器用な自己演出に走ってしまうのでしょうか。単なる「若気の至り」で片付けるのではなく、発達心理学の知見を導入すると、その必然的な理由が論理的に説明できます。
アメリカの発達心理学者デイヴィッド・エルキンド(David Elkind)は、思春期特有の認知バイアスとして「想像上の観客(Imaginary audience)」と「個人的寓話(Personal fable)」の存在を提唱しました。
「想像上の観客」とは、周囲の人間全員が自分の容姿や一挙手一投足に注目し、評価を下していると思い込む心理的傾向です。登下校中にやたらとポーズをつけたり、教室で孤高の人物を演じたりするのは、「見えない大観衆の視線」を意識しているがゆえの防衛行動です。 もう一方の「個人的寓話」は、「自分は他の凡庸な人々とは異なり、唯一無二の特別な運命を背負っており、決して平凡な結末を迎えることはない」という全能感の信念です。この心理がアニメやファンタジーの記号と結合すると「邪気眼系」となり、知識欲と結合すると「サブカル系」へと派生します。自我同一性(アイデンティティ)が未確立な時期に、傷つきやすい内面を守るための強力な心理的鎧(防衛機制)として機能しているのです。
大人になっても治らない「大人の厨二病」の心理的背景
問題は、成人し社会人となった後もこの鎧を脱ぎ捨てられないケースです。 20代後半から40代にかけて見られる「大人の厨二病」は、社会の歯車として埋没していく現実への拒絶反応から生じます。理不尽な組織構造や平凡な日常に対し、「本当の自分はこんなところで終わる人間ではない」という代償行為として、SNSでの過激な逆張り発言、スピリチュアルや陰謀論への過度な傾倒、ビジネスにおける過剰なカタカナ用語の連打といった形で発露します。思春期の未解決な自己愛が、大人の姿を借りて暴走している状態と言えます。