教科書上では整然と並んでいる4原則ですが、病棟や救急の最前線では「ひとつの原則を守ろうとすると、別の原則が踏みにじられる」という倫理的ジレンマが日常的に発生します。病棟看護師や医師の取材記録、院内倫理委員会のカンファレンス記録からは、マニュアル通りにはいかない葛藤が浮かび上がります。
臨床で最も頻発するのは、自律尊重原則と善行原則の衝突です。
代表的なケースが「エホバの証人」の信者による輸血拒否事案です。救急搬送された重症貧血患者が、信仰上の理由から「たとえ死に至るとしても輸血を拒絶する」という意思表明カードを所持していた場合、医療者はどうすべきでしょうか。医学的善行(生命救助)を優先すれば患者の信条と自己決定権(自律尊重)を踏みにじることになり、患者の自律を完全に尊重すれば救える命を落とす(医療側の不作為)ことになります。
日本における医療裁判の判例(最高裁平成12年2月29日判決)では、「自己の宗教上の信念に基づく輸血拒否の意思は人格権の一内容として尊重されなければならない」と判断され、説明と同意を怠った医療機関側の不法行為責任が認められました。現在では日本医学会などのガイドラインにより、相対的無輸血治療(可能な限り輸血を避けるが、生命の危機が生じれば輸血を行う事前合意)や免責証書の運用が整備されていますが、現場の心理的負荷が消えたわけではありません。
さらに高齢化が進む現在、日常茶飯事となっているのが「認知症高齢者の胃瘻造設・経管栄養の中止」や「点滴自己抜針を防ぐための身体拘束」をめぐる葛藤です。
救急・急性期病棟に勤務するある看護師は、次のように胸中を明かします。
「点滴チューブを自分で引き抜いてしまう認知症の患者さんに対し、安全確保(無危害原則)のためにやむを得ずミトン手袋をつけることがあります。しかし、それは患者さんの自由や尊厳(自律尊重原則)を確実に奪っている。業務を終えて帰宅する際、いつも『あれは本当に正しい看護だったのか』と強い自責の念に駆られます」
このように、臨床現場における倫理の葛藤は、白か黒か割り切れるものではありません。原則同士が正面衝突する狭間で、医療従事者は常に「より害の少ない選択肢は何か」を模索し続けています。