日本における出前の起源は、江戸時代中期にまで遡ります。当時の江戸は独身男性の比率が極めて高く、手軽に食べられる屋台の「ぶっかけ蕎麦」が大流行しました。これが次第に店舗を構えるようになり、大名屋敷や裕福な商人宅へ料理を届けるようになったのが蕎麦屋の出前の由来とされています。自店から外へ料理を「出し、届ける」ことから「出前」と呼ばれるようになりました。
戦前の蕎麦屋の看板やチラシには、決まって「出前迅速」の四文字が躍っていました。この出前迅速の意味は、単に「急いで走る」ことだけを指すのではありません。蕎麦という料理は、茹で上げた瞬間から刻一刻と水分を吸い、食感が失われていきます。職人にとっての「迅速」とは、湯気を閉じ込めたまま、麺がのびる限界点である10分から15分以内にお客様の口へ届けるという、品質に対する絶対の誇りを意味していました。
その配達を支えたのが、木製やアルミ製の運搬箱であるおかもち(岡持ち)です。片手でバランスを取りながら何段もの重箱や丼を運び、取っ手を持ち上げて料理を取り出す機能美は、日本の外食文化が独自に進化させた傑作の道具でした。