麻衣さんを突如襲った病魔は、当初「原因不明の精神疾患」や「ヒステリー」と誤診されるほど解明が進んでいないものでした。2006年末、結婚式をわずか3ヶ月後に控えていた麻衣さんは、突然のパニック発作や激しい幻覚、記憶障害に見舞われ、やがて心肺停止と昏睡状態に陥りました。
のちに判明した病名は、自己免疫疾患の一種である「抗NMDA受容体脳炎」です。この病気は、脳の神経伝達を司るNMDA型グルタミン酸受容体に対して自己抗体が作られ、自らの脳を攻撃してしまう極めて稀な急性脳炎です。
麻衣さんが発症した2006年当時は、国際的にもこの病気の概念が確立されたばかり(2007年にペンシルベニア大学のジョセップ・ダルマウ教授らによって提唱)でした。日本国内でも症例報告が極めて少なく、診断確定までに数ヶ月以上の時間を要するケースが頻発していました。麻衣さんの場合も、卵巣に存在していた良性腫瘍(卵巣奇形腫)が自己免疫反応のトリガーとなっていたことが判明し、腫瘍の摘出手術と大量ステロイドパルス療法、血漿交換療法を重ねることで、奇跡的に最悪期を脱しました。
しかし、目を覚ました麻衣さんを待っていたのは、言語機能や運動機能の喪失、そして「婚約者である尚志さんの記憶だけがすっぽり抜け落ちている」という過酷な後遺症でした。