事件の発端は1997年4月14日朝。台湾の私立高校に通っていた白暁燕(当時16歳)が、登校途中に突如行方不明となりました。同日夜、母であり台湾屈指のトップタレントとして知られていた白冰冰のもとに、脅迫電話が入ります。
指定された場所には、切断された暁燕さんの左小指、半裸で拘束された凄惨な写真、そして「お母さん、助けて」と泣き叫ぶ肉声を収めたカセットテープが残されていました。犯行グループが要求した身代金は500万米ドル(当時の日本円で約6億円)という、台湾犯罪史上でも類を見ない巨額なものでした。
白冰冰は警察への極秘捜査を依頼し、身代金の受け渡しに応じる姿勢を見せました。しかし、犯人側は警察の追跡を警戒して受け渡し場所を二転三転させ、取引は幾度となく流れます。そして事件発生から2週間後の4月28日、台北近郊の排水路から無残な姿となった暁燕さんの遺体が発見され、最悪の結末を迎えました。司法解剖の結果、彼女は誘拐から数日後に凄惨な暴行を受け、無情にも命を奪われていたことが明らかになっています。