MSGの歴史は、類稀なるフロントマンたちの激しい交代劇の歴史でもありました。その中でもファンの間で半ば伝説として語り継がれているのが、元レインボーの実力派シンガー、グラハム・ボネットの電撃加入と即座の脱退事件です。
初期MSGの顔であったゲイリー・バーデンは、独特の哀愁漂う歌声と親しみやすいキャラクターでファンに愛されていましたが、ツアーの過酷さや喉の不調、ライヴでのピッチの不安定さが問題視され、アルバム『神話』ツアー後に解雇されます。そこでマイケルが白羽の矢を立てたのが、圧倒的な声量を誇るグラハム・ボネットでした。
名プロデューサーのマーティン・バーチを迎えて制作されたアルバム『黙示録(Assault of the Attack)』は、グラハムの超絶シャウトとマイケルの硬質なギターワークが見事に噛み合った傑作となりました。しかし、その歓喜は一瞬で崩壊します。1982年8月、アルバム発売直前に行われた英国シェフィールド大学でのウォーミングアップ・ギグにおいて、ロック史に残る前代未聞のアクシデントが発生したのです。
極度の泥酔状態でステージに上がったグラハムは、歌詞を忘れ、バンドとのタイミングを外した挙句、ステージ上で自らのズボンのジッパーを下ろして局部を露出するという暴挙に出て、わずか数曲でステージを降りてしまいました。激怒したマイケルはその場でグラハムの解雇を決断。急遽、解雇したばかりのゲイリー・バーデンに連絡を取り、数日後に控えていた巨大フェス「レディング・フェスティバル」のステージに立たせるという離れ業を演じました。
後にグラハム本人がインタビューで語ったところによると、この事件の背景には「新しい歌詞を覚えきれていなかった重度のプレッシャー」「マイケルの神経質なコントロールに対する反発」「開演前の過剰な飲酒」が重なった結果であったと告白しています。天才肌ゆえに妥協を許さないマイケルと、破天荒な実力派シンガーたちの衝突は、MSGという劇場の宿命でもありました。