1932年(昭和7年)12月、東京・日本橋で発生した白木屋百貨店火災。この大惨事は、近代日本風俗史において長年「女性がズロースを穿いていなかったため、裾の乱れを恥じて墜落死した」というセンセーショナルな言説とともに語り継がれてきた。恥じらいが命を奪ったという物語は、当時の新聞報道や教訓話として瞬く間に世間へ定着し、女性たちへ洋風下着の着用を促す強力なプロパガンダとして機能した歴史がある。
しかし、近年の服飾文化史における厳密な史料検証によって、この通説の虚構性が暴かれている。消防記録や当時の生存者証言を再精査した研究者たちは、犠牲者の死因の大半が一酸化炭素中毒や猛烈な煙に巻かれたことによる避難の遅れであり、下着の有無と直接の因果関係は確認できないと結論づけた。百貨店側や業界関係者が、惨劇の責任を有耶無耶にしつつ新たな下着需要を喚起するために生み出した言説が、いつしか歴史的事実のようにすり替えられていたのだ。俗説の裏側に潜む商業主義と家父長制的な視線を見つめ直す作業は、近年の歴史研究における大きな転換点となっている。