石井琢朗が読売ジャイアンツをなぜ辞めたのか――その直接的な引き金は、2021年10月5日に球団から発表された契約満了と退任の申し入れでした。しかし、表面上の「契約満了」という事務的アナウンスの裏には、シーズン中から燻り続けた指導体制の機能不全がありました。
最大の転換点は、2021年7月に敢行された配置転換です。開幕から一軍野手総合コーチとしてベンチに入っていた石井琢朗に対し、球団は突如として三軍野手コーチへの異動を命じました。シーズン真っ只中に、首位争いを演じる一軍中枢のコーチが三軍へ配置換えされる人事は、日本プロ野球界でも極めて異例の事態です。
当時の球団公式発表では「若手育成の強化と組織の再活性化」が名目に掲げられました。しかし、担当記者たちの間では、一軍首脳陣会議における意見の対立が修復不可能なレベルに達していた事実が公然の秘密となっていました。石井琢朗が求めた「打席内での粘り、四球の選出、走塁を絡めた緻密な状況判断」と、当時の首脳陣トップが要求した「初球から積極的に強振していく圧倒的破壊力」は、試合を重ねるごとに決定的なズレを生んでいったのです。