物語は、あまりにも潔く力強い宣言から幕を開けます。
「メロスは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の王を除かなければならぬと決意した。メロスには政治がわからぬ。メロスは、村の牧人である。笛を吹き、羊と遊んで暮して来た。けれども邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。」
これが『走れメロス』の有名な全文冒頭部分です。妹の結婚式で使う花嫁の衣裳や祝いの品々を買いに、はるばるシラクスの市へとやって来たメロス。しかし、かつて活気に満ちていたはずの街は異様な静けさに包まれ、行き交う人々は怯え切っていました。
不審に思ったメロスが一人の老爺を捕まえて問いただすと、街を治めるディオニス王の暴政の実態が明らかになります。王は人間不信の病魔に取り憑かれ、「臣下が自分を裏切ろうとしている」という妄執から、周囲の者を次々と処刑していました。世継ぎの王子、最愛の后、実の妹、果ては無実の民に至るまで、少しでも疑わしい者は容赦なく処刑台へと送られていたのです。
政治の仕組みなど知らず、ただ純朴に羊を追って生きてきたメロスにとって、この理不尽極まりない悪政は到底許せるものではありませんでした。「邪悪に対して人一倍敏感」だった青年は、後先を考えることなく激しい怒りを爆発させ、王の暗殺を決意して王城へと乗り込んでいきます。