前妻との離婚から約2年10ヶ月を経た1989年11月、沢田研二は出雲大社で田中裕子さんと挙式を行いました。当時、世間からは厳しいバッシングも浴びせられましたが、二人は35年以上の歳月を経て、芸能界でも屈指の「おしどり夫婦」として知られています。ではなぜ、田中裕子さんとの間には子供が生まれなかったのでしょうか。
夫婦双方が私生活について多くを語らないスタンスを取っているため、公式な理由は明言されていませんが、複数の取材証言や芸能史の文脈から主に3つの要因が指摘されています。
第1に、「前妻・伊藤エミさんと多感な時期にあった長男への配慮」です。再婚当時、長男は10歳の多感な少年期でした。巨額の慰謝料を支払ったとはいえ、自らの意志で家庭を出たジュリーにとって、新たな家庭で子供をもうけることは、長男に対する心理的負担を倍加させかねないという葛藤があったとされています。
第2に、「田中裕子さんの表現者としてのストイックな生き方」です。連続テレビ小説『おしん』で世界的な評価を獲得した田中さんは、結婚後も国内外の映画や舞台で名演を重ね、日本を代表する演技派女優としてのキャリアを最優先に位置付けていました。母となることよりも、生涯をかけて女優としての表現を突き詰める選択をしたという見方です。
第3に、「子供という絆に依存しない、成熟した大人のパートナーシップ」の確立です。近隣住民の目撃談によると、世田谷の自宅近くのスーパーで並んで買い物を楽しむ姿や、近所を仲睦まじく散歩する二人の姿が日常的に見受けられます。互いを独立した人間・芸術家として深く敬愛し合う二人の間には、子供を介さずとも揺るがない精神的連帯が存在しているのです。