事件当時、宮崎文夫は自らを「敏腕実業家」と称し、大阪市生野区を中心に複数の不動産を所有・管理する「株式会社宮崎プロパティマネジメント」の代表取締役を務めていました。SNS上では高級外車を乗り回し、リゾート地での贅沢な暮らしを誇示する投稿を繰り返していたことでも知られています。
登記情報および不動産関係者の証言によると、事件発覚直後から同社への問い合わせや苦情が殺到し、会社機能は完全に停止しました。さらに、所有していた賃貸マンションや所有物件には多額の金融機関からの抵当権が設定されており、事件後の信用失墜に伴い資金繰りが急速に悪化。競売や任意売却の手続きが進められ、当時の資産の大半を手放さざるを得ない状況に追い込まれました。
かつてのような「不動産オーナーとしての不労所得生活」を維持することは不可能な状態となっており、現在において新規の法人活動や大規模な事業再開が確認された形跡はありません。