1998年に発売され、大ヒットを記録した名曲『アメリカ橋』。この楽曲で山川はNHK紅白歌合戦にも復帰を果たし、代表曲としての確固たる地位を築いた。だが、この大ヒットの裏側には、歌手としてのスランプや方向性の模索に悩む長い下積み期が存在していた。
地方公演で自宅を空けることが多かった山川に代わり、家計のやりくりから育児までを一身に背負ったのが妻である。「どれだけ帰宅が遅くなっても温かい飯を用意して待っていてくれた」と、山川は過去のインタビューでしみじみと語ったことがある。売れない時期も、脚光を浴びた瞬間も、態度の変わらない妻の存在が彼の精神的支柱であり続けた。