千日回峰行が「死の修行」と呼ばれる最大の理由、それは途中で行を断念せざるを得なくなった場合、自ら命を絶たねばならないという非情な掟にある。行者は修行中、常に「死出の縄」と「死出の短刀」、そして三文銭を身につけて歩く。万が一にも病や怪我で回峰を続けられなくなった時は、その場で首を吊るか腹を括る覚悟を突きつけられているのだ。
さらに、修行が700日目を迎えた時に訪れる最大の難所が「堂入り」である。無動寺谷の明王堂に籠もり、9日間にわたって「断食・断水・不眠・不臥」を貫く。一切の食べ物も水も口にできず、横になることすら許されないまま、ただひたすらに10万回の不動真言を唱え続ける。
5日目を過ぎる頃には体の水分が失われ、皮膚からは死臭に似た匂いが漂い始めるという。堂から出て井戸水を汲みに行く「取水」の儀式では、両脇を支えられなければ歩けないほど体力が奪われる。この極限状態を生き延びた者だけが、生身のまま尊い仏の境地に達したとされる「阿闍梨」の位を授かるのだ。