Q1:近藤勇は本当に坂本龍馬を暗殺した犯人だったのですか?
A1:いいえ、現在では近藤勇および新選組は坂本龍馬暗殺(近江屋事件)の実行犯ではないことが歴史的に確定しています。真の実行犯は京都見回組の佐々木只三郎や今井信郎らでした。しかし処刑当時、土佐藩士らは近藤犯人説を信じ切っており、その私怨が切腹を許さず斬首とする決定打となりました。
Q2:小栗忠順の「隠し金(徳川埋蔵金)」は実際に存在したのですか?
A2:公式な財政記録や後年の発掘調査において、小栗が私財として隠匿した金塊は見つかっていません。当時の幕府財政は軍備近代化や製鉄所建設によって枯渇しており、隠すほどの巨額資金は残っていなかったというのが定説です。新政府軍の勝手な期待と疑心暗鬼が処刑を早めました。
Q3:なぜ榎本武揚は戊辰戦争で最後まで戦ったのに処刑されなかったのですか?
A3:榎本がオランダ留学で修得した高度な海軍技術、国際万国公法の知識、そして測量技術が、富国強兵を目指す新政府にとって不可欠だったためです。また、敵将であった薩摩藩の黒田清隆が自らの頭を丸めてまで西郷隆盛や政府首脳に助命を直訴したことも大きな要因でした。
Q4:切腹と斬首では、遺族や子孫への影響に違いはあったのですか?
A4:極めて大きな違いがありました。名誉ある切腹の場合、家名再興や遺族への恩典が後年認められる余地が残されましたが、罪人としての斬首・梟首は身分剥奪と家名断絶を意味し、遺族は「逆賊の家族」として過酷な差別や生活困窮に直面することになりました。