2005年1月、護衛艦まつゆきを離れ、江田島で勤務していた山上は突如として自殺未遂を図る。この出来事こそが、彼の自衛隊キャリアに決定的な終止符を打つ契機となった。動機は自らの死によって支払われる生命保険金で、生活苦に喘ぐ兄と妹を救うためだった。自らの命を金に換えて家族を再建しようとする極限の試みは、周囲の自衛官たちを震撼させた。
「普段は目立たないが、休日に部屋でじっと本を読んでいる姿が印象に残っている。金銭的な悩みを抱えていることには誰も気づけなかった」。当時の同僚は独自取材に対してそう語る。海上自衛隊という巨大組織において、個人の深刻な家庭崩壊やカルト宗教被害のシグナルは、日々の過酷な訓練の中に埋没していった。
自殺未遂後、防衛省は彼をカウンセリングの対象とし、危険任務から外すなどの配慮を行ったものの、彼が再契約を望むことはなかった。2005年8月、3年満期を待たずに依願退職。社会へ放り出された24歳の青年の手元には、孤立と、宗教団体に対する拭い去れない憎悪だけが残されていた。