『そして僕は途方に暮れる』が単なる一過性のヒットにとどまらず、スタンダードナンバーとなった最大の要因は、作詞の松本隆と編曲の大村雅朗という、当時の音楽界における最高峰の才能が結集した点にあります。
松本隆が手掛けた歌詞は、去りゆく女性とそれを見送る男性の心理を、極限まで無駄を削ぎ落とした言葉で描き出しています。タイトルの「途方に暮れる」というフレーズは、一見すると絶望や無力感を表しているように思えますが、歌詞全体を深く読み解くと、そこにあるのは未練がましい縋り付きではなく、「彼女の自由を尊重し、あえて引き止めずに受け止める男のダンディズムと静かな孤独」です。
「見慣れない服を着た 君が今 出ていった」という映画のワンシーンのような冒頭から、「もう僕の部屋じゃない」という心理的距離感の描写に至るまで、都会的な乾いた空気感の中に深い情念を忍ばせる松本隆特有のストーリーテリングが際立っています。
さらに、サウンド面で決定的な役割を果たしたのが、希代のアレンジャー・大村雅朗による編曲です。80年代初頭としては極めて実験的だったデジタルシンセサイザーとドラムマシンのタイトなビートを基軸に据えつつ、哀愁漂うサックスソロを効果的に配置。生楽器とエレクトロニクスを高次元で融合させました。
音楽理論の観点から見ても、本曲はオンコード(分数コード)やクリシェを多用した浮遊感のあるコード進行が特徴です。主和音にすっきりと着地させず、常にどこか揺れ動くような和音構成を取ることで、主人公の定まらない心情と「途方に暮れている」感覚を見事に音響化しています。