昭和から平成にかけて圧倒的な存在感を放った名優・三國連太郎さん(本名:佐藤政雄)の息子は、日本を代表する名優・佐藤浩市さんです。名字が異なることから一時期は関係性を知らない映画ファンもいましたが、佐藤浩市さんの本名は佐藤寛治(かんじ)であり、三國さんの実子に他なりません。
三國連太郎さんの家族構成と家系図を振り返ると、その私生活はまさに波乱万丈でした。生涯で4度の結婚歴を持ち、佐藤浩市さんは3番目の妻との間に1960年に誕生しました。しかし、佐藤浩市さんが小学校に入学する前後、三國さんは家庭を去ることになります。父親の記憶がほとんどないまま、佐藤浩市さんは母親の手ひとつで育てられました。
物心ついた頃から「あの三國連太郎の息子」という周囲の好奇の目に晒され続けた佐藤浩市さんにとって、父の存在は誇りであると同時に、拭い去ることのできない巨大な影でもありました。佐藤浩市という芸名を名乗る際、本名の「寛治」ではなく「浩市」を選んだ背景にも、父親の七光りを拒絶し、自らの足で立つという強い自立心が込められていました。