監督・細田守が本作で提示したのは、最先端のデジタルテクノロジーと日本の伝統的な大家族構造が織りなす強烈なコントラストだ。仮想空間「OZ」という高度なサイバー世界で起きた危機に対し、現実世界で持ち出されたのは、大量の氷と漁船の巨大発電機という極めて泥臭い物理的手段であった。
刻一刻と氷が溶けて水になっていく時間的制限は、画面上のデジタルカウントダウン以上に視覚的・生理的な焦燥感を観客に与える。システムの物理的な「熱」と人間たちの感情の「熱」が交錯する中で、侘助の暴走とも言える行動は、完璧に見えるテクノロジー社会の脆さと、人間の不完全さを鮮烈に象徴していたのだ。