若槻千夏の芸能界入りの原点は、2001年の夏、東京・渋谷でのスカウトでした。埼玉県比企郡吉見町出身の彼女は、友人と遊びに来ていた渋谷で事務所関係者の目に留まり、瞬く間にシンデレラストーリーを駆け上がることになります。
デビュー直後に抜擢されたグラビア活動では、小柄でスレンダーな体躯と愛嬌あふれる屈託のない笑顔で読者の心を掴みました。講談社の『ヤングマガジン』をはじめとする少年誌・青年誌の表紙を総なめにし、2002年から2003年にかけては各誌が主催する美少女コンテストの常連として君臨。当時のグラビア界において、健康的な色気と親しみやすさを兼ね備えた存在は極めて稀有でした。
しかし、彼女の真価が発揮されたのはグラビアの枠にとどまりませんでした。金髪に近い明るいヘアカラーに日焼け肌、細眉という当時の正統派ギャルスタイルを武器にバラエティ番組へ進出すると、その瞬発力と頭の回転の速さが制作陣の間で瞬く間に評判を呼びます。
当時のテレビ界は「おバカタレントブーム」の前夜にありましたが、若槻千夏が見せた立ち回りは単なる天然ボケではありませんでした。明石家さんまや島田紳助、ダウンタウンといった百戦錬磨の大物司会者に対し、物怖じせず絶妙な間合いで切り込む「プロのツッコミ」を披露。瞬く間に週10本以上のレギュラー番組を抱える、平成を代表するバラエティクイーンへと上り詰めました。