鶴巻温泉元湯陣屋を語るうえで外せないのが、将棋・囲碁のタイトル戦が幾度となく繰り広げられてきた「勝負の聖地」としての顔です。昭和から平成、そして令和の藤井聡太時代に至るまで、名棋士たちが名局を紡いできた対局室「松風の間」には、独特の凛とした空気が張り詰めています。 この地を歴史に刻んだ最大の出来事こそ、1952年(昭和27年)の第1期王将戦第6局で発生した、いわゆる「将棋 陣屋事件」です。 当時、将棋界の頂点に君臨していた木村義雄名人に挑んだのは、不世出の天才・升田幸三八段(当時)でした。升田が3連勝した後の第6局、規定により「香落ち」で名人を指し負かすという前代未聞の歴史的対局がここ陣屋で予定されていました。しかし対局当日、升田は姿を現さず、不戦敗となる大騒動へと発展したのです。 長年、世間では「升田が旅館に到着した際、玄関のベルを鳴らしても誰も出迎えに来なかった無礼に激怒して立ち去った」という俗説がまことしやかに語られてきました。しかし、関係者の回想録や当時の記録を検証すると、単なる宿の応対不備だけが原因ではなかったことが浮き彫りになります。 宿側には「夕食の準備中でお迎えが遅れた」という落ち度があったものの、深層にあったのは、棋士としての強烈な矜持と日本将棋連蓮執行部への不信感でした。「名人に香を引いて勝つ」という宿願を前にして張り詰めていた升田の神経、対局条件や待遇をめぐる連盟との軋轢、そして体調不良が重なり、宿での行き違いが引き金を引いたというのが真相です。 陣屋はこの痛恨の歴史を風化させることなく、誠心誠意の接客を貫くための戒めとして胸に刻み続けました。現在、対局者が到着する際に鳴らされる「陣屋の太鼓」の響きには、二度と客人を疎かにしないという宿の深い誓いと敬意が込められています。
鶴巻温泉元湯陣屋の真相|Dx再生の奇跡と将棋・ジブリ伝説の現場
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