トロッコ問題は、1967年に哲学者フィリッパ・フットが提示した倫理ジレンマを原点としています。その後、哲学者ジュディス・ジャーヴィス・トムソンらによって複数の派生バリエーションが考案されました。その代表例が「レバーを操作して進路を変える標準問題(スイッチ問題)」と、「歩道橋の上にいる見知らぬ大男を線路上に突き落としてトロッコを止める歩道橋問題(フットブリッジ問題)」の対比です。
客観的な結果だけを見れば、どちらも「1人を犠牲にして5人を救う」という構図に変わりはありません。しかし、世界中で実施された意識調査において、レバーを引く行為には約80%〜90%の人が肯定的な回答を示す一方、歩道橋から人を突き落とす行為を肯定する人は10%〜20%未満へと激減します。
この劇的な心理的差異を脳科学の観点から実証したのが、米国の哲学者・神経科学者であるジョシュア・グリーンらの画期的なfMRI研究です。
グリーンらは、道徳的判断を「感情的直感」と「認知的計算」のせめぎ合いとして捉える「二重過程理論(デュアル・プロセス理論)」を提唱しました。レバーを操作する場面では感情の揺らぎが比較的小さく、冷静な計算を担う背外側前頭前皮質(DLPFC)が主導権を握ります。一方、自分の手で他者を歩道橋から突き落とす行為は、直接的な暴力的接触を伴うため、情動や共感を司る扁桃体や内側前頭前皮質が爆発的に活性化し、「絶対にやってはならない」という強い拒絶反応が論理を凌駕するのです。