物語のクライマックスは、世界中のファッショニスタが集うパリ・ファッションウィークで訪れます。体調を崩したエミリーに代わり、パリ行きの筆頭アシスタントに抜擢されたアンディ。現地で彼女は、ミランダの知られざる「人間としての脆さ」を初めて目撃します。ホテルの部屋でノーメイクのまま、夫との離婚が決定的になったことを涙ながらに吐露するミランダ。世間からの容赦ないバッシングに怯えながらも、双子の娘たちを傷つけまいと気丈に振る舞う姿に、アンディは強い同情と敬意を抱きます。
しかし、その直後、アンディは冷酷なビジネスの現実に直面します。会長のシュナイダーがミランダを解任し、新進気鋭のフランス人デザイナーであるジャクリーヌを後任編集長に据えようとする社内クーデターを画策していたのです。ミランダの危機を救おうと必死に奔走するアンディでしたが、ミランダはすでに先手を打っていました。
ミランダは、長年尽くしてきた忠臣ナイジェルが念願としていた新ブランドのCEO就任ポストを、取引材料としてジャクリーヌに譲渡。自らの編集長の座を死守したのです。夢を目前で奪われ呆然とするナイジェルを横目に、ミランダはアンディをリムジンの後部座席に招き入れ、穏やかにこう語りかけます。
「あなたは私によく似ている。他人の望みを超えて、自分のために冷徹な決断を下せる人間よ。誰もが私たちになりたがっている(Everybody wants to be us.)」
この瞬間、アンディの中に決定的な戦慄が走ります。自分がミランダに認められた証拠は、同時に「大切な仲間を犠牲にしてでも頂点に居座る冷酷な怪物」への仲間入りを意味していたからです。自分が本当に目指していたジャーナリストの理想、大切にしたかった人間性が、足元から崩れ去っていく感覚に襲われます。
コンコルド広場に到着し、無数のパパラッチのフラッシュを浴びながら車を降りるミランダ。その背中を見つめながら、アンディは立ち止まります。鳴り響くミランダからの社用携帯電話。アンディはその画面を見つめた後、広場の噴水の中へと携帯電話を投げ捨てます。それは、富と名声が約束された『RUNWAY』の世界と、悪魔的なカリスマへの隷属から永遠に決別した瞬間でした。
ニューヨークに戻ったアンディは、カジュアルな装いに戻り、小さな新聞社「ニューヨーク・ミラー」の記者採用面接を受けます。面接官はアンディに告げました。「ミランダ・プリーストリー本人から推薦状が届いた。『彼女を採用しなければ、あなたは途方もない愚か者だ』と書かれていた」と。
ラストシーン、オフィス街の交差点でアンディはサングラスをかけたミランダの姿を見かけます。歩み寄ることなく、遠くから目礼を送るアンディ。ミランダは一瞬だけ足を止め、視線を合わせますが、何事もなかったかのようにそっぽを向いて車に乗り込みます。しかし、車のシートに腰掛けた瞬間、ミランダの口元には誰も見たことがないような温かく誇らしげな微笑みが浮かび、すぐに冷徹な表情に戻って運転手に「進みなさい(Go.)」と命じるのです。
このラストシーンが意味するのは、単なる「和解」ではありません。アンディはミランダの操り人形になることを拒み、自分の足で立つ道を選びました。そしてミランダもまた、自らの引力に呑み込まれず、自らの意志で檻を飛び出したアンディの独立心を一人のプロフェッショナルとして深く認めたのです。言葉を交わさずとも成立する、極めて高潔な「自立した人間同士の承認」がここに描かれています。